ドラマも映画も使い回し

基本的にテレビっ子だ。子供の頃からドラマを見るのが大好きだった。休日もひたすらドラマや映画を見て過ごせれば幸せだった。夕方になってこれで良かったのかと心配になることは多々あるが。

こうして数十年を過ごしていると、もはや繰り返しにしか見えない。いつの時代もテーマは同じで学園ものなら、いじめや売春、ドラッグに対する問題提起か、淡い色恋、スポーツ。オフィスもの、医療もの、刑事もの、いずれもどこかで見たことがあるものを今が旬の俳優さんが彩る。使っているツールなどは今時になっていくが、基本的にテーマは同じだ。

初めて見る人たちのために、常に同じテーマで彼らが惹かれる旬の俳優さんたちで作成することが必要なのだろう。それは分かる。でも既視感しか感じない層はどうしたら良いのだろうか。年々心が動かなくなっていく。誰かがあっと驚かせてくれるものを作ってくれることを期待して、旬の俳優さんの美しさに見惚れつつ、やり過ごすだけだ。

長岡花火大会

花火はテレビで見てもすぐに飽きてしまう。どれだけ混んでいても外で音を聞きながら目の前に広がる大きな花火を見ることに価値があると思う。三大花火大会のひとつ、長岡の花火では、信濃川を横に使いながら同時に上がる壮大な花火を目の前で見ることができる。三千円ちょっとの席はいい買い物だと思う。有料だから場所取りすることもない。次に行くなら椅子席ではなくベンチ席を取るかもしれない。2023年は2日間で30万人、例年100万人だというから、少ない方だったのか。復興への願いや、慰霊の念、長岡再興に尽力した先人への感謝の気持ちが込められた花火大会、打ち上げ数は2日間合計で約20,000発。

問題は長岡駅の周辺にレストランやカフェが限られ、花火までの時間を潰す場所がないことだ。駅ビルはあるが激混み。後は出店の唐揚げや焼きそばしかない。ビジネスホテルもこの日だけは4〜5倍の値段だし、そもそも予約を取れない。フィナーレを諦めて新幹線で東京に帰ることにした。時間を気にせず、ゆっくり観賞できたら、満足度は倍増するだろうに。

 

ホーチミン

ベトナムの写真として、何列ものバイクが連なっている写真を見ることがある。知っていたとはいえ、あのバイクには本当に驚かされた。空港からサイゴンリバーサイドに近いホテルに向かうため、バイクの大群の中を縫うようにタクシー移動する。バイクは三人乗りをしていたり、そのうちのひとりが小さな子供だったりする。後ろに乗っている女の子はとてもバイクに乗るような格好ではないエレガントな格好をしていたりする。GrabやGojekの配車サービスは車もあるだろうが、主にバイクの配車であることを知る。どの時間帯もバイクで溢れるが、この人たちがどこに向かっているのは結局分からなかった。バイクの大群を見ながらこれが新興国の活気なのだろうか。かつて憧れたその活気にはひたすら疲れしか感じなかった。

食事もあまり口に合わなかったものの、心地よい気候の中、プールサイドのルーフトップバーで過ごす時間はリラックスできる時間だった。また高いビルがあまりない街では、嘘みたいに真ん丸な夕陽が沈むところを見られる。

不思議なのは街の人が日本語で話しかけてくることだ。海外ではまず你好と声をかけられるものだ。中越の政治的な関係はあまり良くないことに起因するのか確かに中国人観光客は見なかった。

中国、フランス、日本、アメリカに翻弄された国、街にはコロニアル調の建築が見られる。この国はついこの前まで本当に大変な時代を過ごした国であることをWar museumに行くまで理解できていなかったと知った。ベトナム戦争にしても枯葉剤の影響にしても教科書1〜2ページで学んだ知識ぐらいしかなかった。私は実際に自分の目でみて感じないと理解できないタイプで、だから旅をする。

枯葉剤の英語がAgent Orangeであることも知らなかった。枯葉剤の影響は凄まじく、現地の人たちはもちろん、米兵や韓国・オーストラリア等の兵士にも影響を与えていた。そしてその影響は不妊や奇形という形で数世代にわたる。ベトナム戦争を撮影した世界中のカメラマンの中には多くの日本人従軍カメラマンがいた。沢田教一「安全への逃避」はピューリツァーを受賞した作品で教科書にも載っていた。石川文洋、中村梧郎の写真は戦争の被害を充実に追っていた。どの戦争も国益になると信じられて始まり、よく分かっていない若者が加害者兼被害者になる。

戦争の悲惨さが伝えられて久しい。いまも続くロシアによるウクライナの侵攻をなぜ人間は止められないのだろうか。

イルカショー

イルカショーを見たことがあっただろうか。あったかもしれないが、覚えていない。あまり興味をもったこともないが、せっかく水族館に来たのだからと見てみた。450kgのイルカは想定よりもスピーディに泳ぎ、高く舞っていた。イルカだけではそこまで感動しなかったかもしれないが、イルカの力を引き出すパフォーマーと光の演出が見事だった。プロジェクションアートでは感動しないが、演出は素材がしっかりしていればちゃんと素材の良さを出すものだ。

うみのホテル

年に一度は海に行かないといられなくなったのはいつからだろうか。しばらく行っていないとウズウズする。裸足になって放電するにはビーチが一番だし、2分の瞑想すらできない私が海であれば何時間でも見ていられるから、瞑想にもなる。

コロナ感染者がまた増えてきた今、海外旅行も国内旅行も憚られる中で行ってきたのが葉山。灼熱の太陽の下、白い砂はさらさらしていて、穏やかな波が揺れていた。大人になってもプカプカしているだけでリフレッシュできる。夏休みの子供たちや外国人観光客もいるが、激混みということもない。遊泳エリア以外では静かにのんびりできる。

16時を過ぎるとあったかかった水が一気に冷たくなる。自然は機嫌が変わりやすい。人間如きが機嫌に左右されるのはしょうがないか。

そんな海岸沿いにあるうみのホテルはとても素敵なホテルだった。料理も美味しく、葉山ビールは柑橘系の風味で私好みの味だった。オーストラリアンペールエールらしい。このホテルでゆっくりしたい。

旅行好きのため、世界中色々なホテルに泊まってきた。ただいつも比較サイト等を通じて予約してきたため、どこのホテルの会員にもなっていない。旅行はとにかく寝るだけだから、清潔で安全であれば多くは求めない中で、リーズナブルなのはヒルトンで、結果的にヒルトンに泊まることが多かった。会員になって、ステータス上げていった方が得じゃない?と思い、会員になった上で、東京でヒルトンに泊まったことがあるが、相性が悪かった。東京タワー目当てで行ったプリンスホテル、フレンチトースト目当てで行ったオークラはそれなりに良かったが、東京でホテルステイをする上での果てしない条件を満たすほどではなかったかな。うみのホテルに宿泊はしていないが、果てしない条件を満たすホテルであってほしい。

ホテルのバー

ソロ活大好き、お酒大好きな私は、ひとりでゆっくり飲めるバーを長年探索してきた。高くても良いから気分の上がるバー、仕事で落ち込んだときや、達成感を感じた時にひとりで祝杯をあげるバーを探してきた。随分前になるが、リッツのバーにたまに行っていた。生演奏だったり、気分は上がるが、値段が本当に高いという致命傷がある。アマンやヒルトンは相性が良くなかった。旅行先ではチョイスが限られる分、おおらかでいられるが、住んでいる場所で行くバーには厳しくなってしまう。コロナ のせいでますますチェックポイントが増えてしまった。マスクを外している(鼻マスクを含む)人のお店には二度と行くことがないだろう。そんなことを言っていて、とうとう行きつけのバーには出会えずにいる。

そういえばプエルトリコで飲んだお酒はどれも美味しかったな。南国の風が私をおおらかにしていたのかもしれない。素朴なモヒートをまた飲みに行きたい。

生まれ変わるなら女性?男性?

ちきりんは大好きなブロガーで、ブログも本もVoicyもチェックしている。

社会から拒否されてホントーによかった - Chikirinの日記

ただこのブログについては、何だかすっきりしない。男性と違って女性は女性だということだけで手に入らないものがあった。適性を踏まえずに手に入れてしまって、手放せずに苦しんでいる人がいる。自分は適性を踏まえ欲しいものを吟味できたから、手放す苦労をしなくて済んだ。Voicyで聞いた内容も踏まえると、だから女性で良かったということだと思う。

捨てられない人の人生は過酷だと思う。ちきりんより若い私のいる環境はよっぽど女性に優しいと思う。だけど、何度となく男性は本当に簡単にたくさんのものを手に入れると思ったことがある。ちきりんの言うように大変な思いをしている人はいると思う。だけど同じぐらい幸せな男性はいると思う。

女性はどうしたって選ばされる。仕事が家庭か。例外は男性が家庭を選んでくれるパターンか、実家の手厚いサポートがあったり、全てお金で解決できるほど裕福な場合だけだ。そして同僚の男性たちが、優しくて良い人ばかりの同僚たちが、同じような教育を受けてきた女性が選ばされることを当然だと思っていることに絶望する。

私はちきりんの境地にはいけないでいる。私だって全てが欲しかった。